マルチフェロイック変換による物性開拓
物質中の時間反転・空間反転・回転・鏡映対称性といった種々の対称性の破れによって分類される様々なフェロイック秩序状態を複数掛け合わせることで生み出される、フェロイック状態の変換に起因する新規物性開拓を推進しています。我々はこのような物性変換を「マルチフェロイック変換」と名付けました。同変換にもとづく物質設計・開発、および外部摂動を用いた同変換の実証といったアプローチにより、一見無関係に思える秩序状態を結びつけるマルチフェロイック変換の概念の確立と、自在にフェロイック秩序状態を変換することで生み出される新規物性・物質機能の発現をねらいます。
研究の背景
フェロイック秩序に関するこれまでの研究
単一の物質中で複数のフェロイック秩序を示す物質は「マルチフェロイクス(multiferroics)」と呼称されます。特に時間反転対称性を破る磁気秩序と空間反転対称性を破る強誘電秩序の共存・結合に係るマルチフェロイクスの研究はこの20年程の間に急速に発展しました。また、その物性・機能としても、磁場による電気分極の誘起や電場による磁化の誘起といった電気磁気効果にとどまらず、光などの電磁波を試料の表と裏から入射したときで吸収量が異なる方向二色性といった非相反光学応答など、多様な電子物性・機能が実現されてきました。最近では、時間反転と空間反転が共に破れた「磁気トロイダル秩序」や鏡映対称性の破れた「フェロアキシャル秩序」といった新たなフェロイック秩序が議論されるようになり、様々な対称性の破れに起因する多彩なフェロイック秩序物性への研究へと広がりをみせています。
マルチフェロイック変換への着目
我々は最近の研究で、フェロアキシャル物質に対して電場を印加することにより、旋光性および磁気キラル二色性といったキラル物質に特有な光学現象の発現を実証しています(研究の詳細はこちら)。この現象は言わば、極性ベクトルたる電場の印加によるフェロアキシャル⇒キラル変換に該当する対称性変換であり、我々のグループが初めて実証しました。本研究では、このアイディアをより広範なフェロイック秩序物性に適用し、マルチフェロイック変換物性という概念に立脚して、これまで群論的考察など理論提案にとどまっていた未だ観測されたことのない特異物性の実証をねらっています。本研究の実施により、従来は非自明と考えられていた物性変換が当たり前のものとして認識され、マルチフェロイック変換物性という概念が確立されることにより、さらなる物性開拓研究の展開を生み出すことが期待されます。
さらにそれらを用いたドメイン観測の結果
これまでの研究成果の説明動画はこちら
研究のねらい
磁性体、金属、半導体、誘電体など多彩な物質を対象として、物質設計・合成、観測手法の開発、実証により、異なる秩序状態を結びつけるマルチフェロイック変換の概念を確立し、同変換に起因する新規物性・物質機能の実現をめざします。研究目的を達成するため、次のアプローチを基軸に研究を進めます。
(1) 複数秩序によるマルチフェロイック変換
2つのフェロイック秩序の掛け合わせにより、異なるフェロイック秩序へのマルチフェロイック変換を、多彩な秩序に対して実証します。例として、
- フェロトロイダル秩序×フェロ単極子秩序⇒フェロアキシャル秩序の対称性となることを鑑みて、磁気秩序誘起のフェロアキシャル物質の創成をねらう
- キラル秩序×フェロアキシャル秩序⇒強誘電秩序の対称性と等価となることから、フェロアキシャル物質におけるキラル秩序誘起の強誘電性、またはキラル物質におけるフェロアキシャル秩序誘起の強誘電性などのマルチフェロイック変換物性の発現をねらう
(2) 外部摂動によるマルチフェロイック変換
電場・磁場・電流などの外部摂動により発現するマルチフェロイック変換を実証し、新規物性の実現をめざします。例として、時間反転奇の交替磁性体に対する電場印加によるフェロトロイダル秩序への変換の実証を図ります。また、その観測手法の開拓として、可視・近赤外領域の電場誘起方向二色性測定に加えて、放射光X線を用いた観測に挑戦しています。
(3) 既知のマルチフェロイック物性・機能の巨大化、室温動作化
新規マルチフェロイック変換物性の探索に加えて、既知の現象の巨大化・室温動作化についても、電子遷移に関わる考察や物質開発などのアプローチで推進します。さらに、比較的新規なフェロイック物性であるフェロアキシャル秩序は、まだまだ未開拓な分野であり、その物質例および理論で予想される特異物性の実証も少なく、ドメイン制御の研究も乏しいのが現状です。そこで新奇なマルチフェロイック変換物性の舞台となるフェロアキシャル物質の探索と物性制御を進めていきます。